季節の狭間で

 8月分の雨が一日で降ったという広島県の山間の村々で、
経験の無いほどの土砂災害が引き起こされ、50人を越える方々が
亡くなられ、今なお、行方不明の方々が30名を越えています。
地盤が砂状で、こうした被害はいままでも懸念されていた由、
避難勧告が出されるタイミング等についても、
その判断が問われています。
 でも後になっての抗議や反省は、犠牲になった方がたにとっては、
何の助けにもなりません。
危険と言われつつ、人口の増加に伴って、
山の近くへ近くへと建てられていった住宅、
十軒ほどの集落がそのまま遥か下方まで流されています。
自然を侮り、
建てれば売れる現実を優先した誰かの存在があったのでしょうか?
「危険区域だと知っていれば、買わなかったと思います」と
話していらした方がいらっしゃいました。
土地の情報はきちんと知らされていたのでしょうか?
実際に起こっているつらく厳しい現実を目の当たりにして、
言葉を発する勇気がありません。
天災は手をこまねいて受け入れるものでは決してない、
という思いだけが心の中で渦巻いています。


 東京地方は、猛暑や時ならぬ雨に見舞われることはあっても、
山間の町や海辺の町のような天災をまともに受ける機会はめったに
ありません。

でも、日本は自然災害に常にさらされながら生活している国です。
それなのに、心のどこかに、「自分たちは大丈夫」の思いが
巣喰ってはいないでしょうか。
何気なくその日その日を安易に過ごすのではなく、
心に備えとその時の覚悟が必要なのだと思います。
自分のことを人任せにするわけにはいかないのですから。


 家族が増えて賑わった2週間が過ぎて、
お盆の日々も送り火と共に見送り、
やきもの再会の余裕が生まれました。
長いこと炎天下に晒して干からびた土を水に浸し、
かたまりかけている釉薬を水に溶いて、
色試しの火入れをしたのは今朝のこと、
涼しさを期待しながら、9月から本格始動のつもりです。

 
 昨日の夕方、雨戸を閉めようとして、
ヤマボウシの木に白い花が咲いているのに気付きました。

雨季が花時のこの花が、まだ充分暑さの残るこの時期に
どうして戻ってきたのでしょう。
今朝、明るさの中で改めて眺めましたら、
葉に紛れるように、淡い緑の小花がまだ沢山用意されています。

白い花の咲くヤマボウシの茂みの中で、
「ワシワシ」とクマゼミが鳴いています。