秋雨の日に、母を偲んで

秋が日毎に深まってきました。
数日前に二日続いた冷たい雨は、その足を速めたようです。
庭の楓の紅が一気に進んだのもその間のこと。

27日からライトアップを始めました。
親木のてっぺんはもう葉が落ち始めていますけれど、
ライトを当ててみると、下の方はまだ緑がかなり残っていて、
灯に照らし出された紅は、まだ物足りないものがあります。


混雑が嫌いな私のために、息子が週末を避けて、28日(金)に
時間を空けてくれました。私に今年の紅葉を見せてくれる為にです。
11月末ともなれば、もう照葉が去ったところも多いようです。
インターネットで調べた箱根も「見頃過ぎ」が多かったのですけれど、
予報が外れてお天気も良さそうでしたから、とにかく出かけました。
10時に家を出発、やっぱり道は空いていて、
「見頃過ぎ」の筈の箱根の山々は色とりどり錦繍の最中です。
頃合いを見計らってしばしば訪れる箱根で、
これほど見事に色付いた山肌の秋を見たのは始めてのように思います。
おまけに道は、まことにスムーズ、
お目当ての箱根、蓬莱園に11時10分に到着しました。
驚くべき早さです。
蓬莱園は駐車場がありませんから、
息子は下車せず、ドライヴしながら待っていてくれました。
パーク出来ない故に、お人は少なく、広い庭園は静まり返っています。


心ゆくまで紅葉鑑賞と写真撮影ができました。
大満足して、待っていてくれた息子と合流したのが12時過ぎ、
美しい木立と山並みを堪能しながら麓へと向かいました。
おみやげ用においしいお魚をと思えば、やはり小田原、
箱根から高速を使わず小田原へ、
鰻でお腹を満たしてから、魚屋さんを見て回りました。
珍しい魚(団扇海老の平たい姿もイルカの切り身も始めて)のあれこれ、
鮮度抜群の品が満載、さすがに漁場の近くは違います。
山ほどの買い物をして家路につき、
夕飯が家で出来るタイミングで帰宅できました。
週末、連休を外した効果が、これほど絶大とは、
味を占めてしまったよう気がします。


その翌日29日は、母の三回忌を執り行うことになっていました。
前日にはボストンの娘から母の墓前にと美しい花籠が届きました。

娘は、母をやさしい祖母というばかりでなく、
お茶の師として心から敬い慕い続けておりました。
祖母への溢れるような思いが、花に込められているのが伝わります。
紫の花がああちゃま(祖母)、薔薇がお母さん、
全てを包む緑がいいちゃま(祖父)、
ブルーの小花はおとうちゃま・・・と
物語が綴られておりました。


天気予報は、
「所により雨が降るかもしれない」程度の雨情報でしたのに、
空を見上げれば、雲の動きが怪しげです。
せめてお参りの間だけでも持ってほしいの祈りは叶えられず、
法要の始まる頃から本降りとなり、墓地でのお参りの頃は土砂降り、
宗照の名前の如く晴れ女だった母の神通力は薄れてしまったのかしらと
残念な思いがしました。
けれど、お参りが済んだ頃から雨は徐々に上がって、
お斎の会場「うかい竹亭」に着く頃には小雨に変っておりました。
紅からオレンジ、黄色へと移ろい始めた楓が雨に洗われて
たいそう艶やかです。
苔や石段に散った紅の葉の美しいこと、目にも心にも滲みる
秋の風情です。


案内された部屋は、
竹とモミジと灯篭が程よく配された落ち着いた雰囲気、
叔父の献杯から始まった偲ぶ会は、
気心の知れた本当に親しい方達ばかり、
信州からいらして下さる菩提寺の和尚様は、
朗々としたお声のお話上手な素敵な方、
和気藹々の内に食事もお酒も進んで、楽しい2時間が過ぎていきました。



雨はいつの間にかすっかり上がり、庭の楓が西日を受けて
紅に輝くのを見て、
これは母からみなさんへのプレゼントなのだと思いました。
そのためにあの雨が必要だったのかもしれません。
母のぬくもりがやさしさがしきりに思い出されて、
心が暖かい涙で濡れました。
会が果て、名残りを惜しみながら三々五々帰って行かれるお客様を
門口で見送りました。
母が遺してくれたほほえみが、みなの心をぬくめて、
心地良い一日は静かに暮れて行きました。