春は行きつ戻りつ

 コートが有難たかったり、邪魔だったり、気温が日毎に
上下している。
今日は日差しが暖かい外出日和。
友人と連れ立って「町人文化と伊万里焼展」に出かけた。
松涛にある戸栗美術館。
こじんまりとした懐かしい雰囲気の洋館。
展示品も、丁寧な説明と配置がしてあって、とても見やすい。
50点ほどの展示数もゆっくり見ても廻るには丁度良い数。
ここは磁器の収蔵品が豊富で、今までも何回か鍋島、伊万里
九谷そして景徳鎮などの磁器を観に来ている。
今回のテーマは「町人文化と伊万里焼」、
「器から見る江戸の食」と副題が付いている。
17世紀から18世紀中期までの上方文化が主役の時期と
18世紀後半からの文化の中心が江戸に移ってからの物とに大別
されていて、いずれも見応えのある豪華、精巧、大胆な品々が
配されていた。
この時期、その文化を担ったのは支配階級ではなく富に恵まれた庶民。
元禄時代には染め付けと同時に赤や金で鮮やかな絵付けをした
金襴手の器が多く見られる。
そして化政時代に入り、文化の中心が江戸に移ってからの器は、
料亭などでの宴会に使われたと説明のある一抱えもある大皿や
蓋物、銘々皿や向付、猪口など呉須の染付が多く見られた。
器は中に入れるものとの釣り合いを無視できないから、艶やかな
絵付けの鉢に食物が入った様子が想像しにくい。
伊万里の絵付け器はそのままで眺めて楽しみたいのが私の本音。
呉須の染付の大皿や向付は、何を盛っても映えて、
懐石にも打ってつけの食べものの引き立て役だけれど。
母が茶会に金襴手の古伊万里を用いる時は、
白い鶴や椿などの主菓子を配して絵の華やかさを損なわないよう、
そして盛った菓子が貧しく見えないよう気配りしていたのを
思い出す。
江戸時代、上方の豪商たちはこの豪華絢爛とした絵付けの鉢に、
どのような食物を配していたのだろうか。
 見終わった時にちょうど時分時になったので、
近くのシェ・松尾で昼食を摂った。
すっきりとした白磁の皿やガラスの器に、絵を描くように配された
料理を味わいながら、華やかな伊万里の食器がまた脳裏を横切った。