乾燥注意報

 もう一か月以上も本格的な雨が降っていません。
空気はカラカラ、喉はガラガラ、皮膚はカサカサです。
でも今朝の天気予報によれば西日本から天気がくずれ始めていて、
週末には関東地方でも雨になりそうとのこと。
一雨あれば、
干上がりそうな人にも花木にも生気が戻ってくるでしょう。
雪になる可能性もあるそうですが。


 一ヵ月ぶりに学生時代の友人たちとの昼食会を持ちました。
六本木ヒルズ、ハイアットのイタリアンで。
明るい日差しが射しこむカジュアルなカフェスタイルのここは
チーズがとてもおいしいのです。特に水牛のモッツァレッラチーズが。
それぞれに飲み物、前菜、主菜、デザートを注文して
お味とおしゃべりを楽しんでいたさなかのことです。
 
90歳間近かと思しき端正な細面の紳士が、
少し先の席に着かれました。
お一人で赤ワインと料理をゆっくりと召し上がっていらっしゃるその方に
父に似通う面差しを見て、視線が動かせなくなりました。
食事を済ませて、真っ白なマフラーを首にくるっと廻し、
同色のベレーを被って立たれた姿に、
懐かしさが込み上げ、胸が震えました。
見つめている私に気付かれて、
その方はちょっと微笑んでくださったような気がします。
父に似た温かい眼差しでした。


 急に黙り込んでしまった私に友人たちは少し訝しげで、
私の目線の先を追っていましたが、何も訊ねはしませんでした。
食事の後、森アーツシアターギャラリーで「歌川国芳展」を観て
もう一度会話の時間に戻った時に友人たちに話しました。
「さっきレストランで父に会ったのよ」と。
ちょっとの間があって、「そう良かったわねぇ」と
友人たちの顔に一様にやさしい表情が宿りました。


 夕暮れが迫る六本木の街は、
ますます慌ただしさを増していましたけれど、
私の心は現実から抜け出して、
何だかふわふわと漂っているようでした。
雨が近づいているのか、空気に湿り気がありました。