桃の節句も過ぎて

今年も怠けて、飾ったのは内裏雛だけ。

それでもやっぱりお雛様がそこに居れば、心も辺りの雰囲気も和みます。
幼い頃から馴染んだ雛人形を手にして、その古い匂いに接すれは、
心はあっという間に昔へと戻っていきます。


テキパキと雛壇を組み立てていくセーター姿の父、
和紙を解いて人形を飾っていくかっぽう着姿の母、
その手の動き、楽しそうな表情や交わす言葉のやさしい響きまで
目の当りにしているように蘇り、心が濡れてしまうのです。
今年はお節句当日は出かけてしまって、
ちらし寿司も作りませんでしたけれど、
かわいい雛菓子を添えました。

春は心浮き立つ季節ながら、何とはなしに感傷的になって
一人過ぎし日に浸る、心の揺れの大きな季節です。


節句の日は、友人と華やかな七宝焼の作品を見に、
白金台まで出かけました。
朝香宮邸、今は東京都庭園美術館

名を替えている場所へ。
明治期の西洋館、アールデコ様式の建物には
祖父の家に似たハイカラさと古風さがミックスした
古き良き時代の慕わしい雰囲気がありました。


七宝焼きの作者の並河靖之は、明治時代に活躍した武士出身の工芸家
生活の場が展示室になっていますから、作品はぽつぽつという感じで
一堂に会しているわけではありません。
当時の庶民にはとても手の届かない高根の花、
豪華絢爛の絵付けが施された七宝は、瀟洒な邸宅の
床の間やマントロピースの上や飾り棚を彩ったことでしょう。

広い庭園にはまだ色どりは少なく、白梅、寒桜
寒緋さくら

椿などの木の花だけが咲いていました。

庭園のそこここに聳え立つ大樹が、
この館の歴史の深さを物語っているようでした。


白金台という一等地の広大な敷地の一部には築山を背景にして
茶室が立ち、

脇にはせせらぎが流れ、

小さな滝も配されていました。
茶室は12畳の大広間、

大勢の茶人が招かれていたのでしょう。
三月三日雛の節句の日は、陽ざしはあってもまだ風の中に
冬の名残を留めた早春の一日でした。